恵方巻きの起源と由来は戦国武将が初まりか

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恵方巻きの起源と由来は戦国武将が始まりか

horio-yoshiharu

 恵方と巻き寿司が合体した「 恵方巻き 」は、2019年2月3日の節分の今日に食べるが、さて由来は誰が、どこで始めた風習なのだろうか?

恵方巻きの由来は戦国武将の堀尾吉晴氏?

 恵方巻きとは、その年の西暦年の下1桁で
決まる方角に歳徳神( としとくじん )が
いるとされ、2019年は甲( きのえ )なので
無言で東北東に向かって丸かぶりすると、
万事が吉となり縁起が良いという迷信だ。

そんな恵方巻きの由来は、どこの誰が
始めたのかという事では諸説あり、近年では
1989年に広島のセブンイレブンで当時29歳だった
オペレーション・フィールド・カウンセラーの、
野田靜眞氏【 59 】が販売商戦で考え出して
大ヒットした、とする実話は間違いないが
由来そのものではない。

野田靜眞氏は現在、出世されてセブンイレブンの
取締役常務執行役員だが、恵方巻きの由来となる
風習を初めた人物は戦国武将である、堀尾 吉晴
( ほりお よしはる )氏【 享年69 】が最古

ではないか?と言われている。

Horio Yoshiharu.jpg

堀尾 吉晴氏は、安土桃山時代~江戸時代前期の
武将、大名で豊臣政権では三中老の1人
とされる。

徳川家康の海苔巻き 」より引用↓

俗説では、豊臣秀吉に仕えた戦国武将・堀尾吉晴
( ほりお よしはる )が節分の前日、
飯に海苔( のり )を巻いたものを食べて出陣し、
大手柄を立てたことに始まったとか。

しかし当時、今のようなパリッとした
「 板海苔 」はありません。

当時の海苔といえば生海苔・岩海苔のたぐい。

海苔の佃煮のようなペースト状のものでしたから、
堀尾吉晴が現在のような海苔巻きを
食べたとは考えにくいです。

【 引用ここまで↑出典:ライスマイルZOJIRUSHI 】

上記引用をまとめると、戦国武将の堀尾吉晴氏が
戦の前に恵方巻きを食べたのは、あくまでも俗説
だ、
なぜなら当時は板海苔が無かったからだと言うこと。

ただし俗説では有りながらも、やはり
堀尾吉晴氏が恵方巻きの起源であるという
説は根強いようである。

恵方巻きじゃなく堀尾巻 」より引用↓

これは、織田信長や豊臣秀吉らに仕え、
数々の武功をあげた堀尾吉晴が、
出陣前に太巻きのようなものを食べ、
大勝利をおさめたことをきっかけに、
恵方巻きが始まった
-という説。

堀尾の築いた松江城が、吉凶の方角などを
強く意識した学問「 陰陽( おんみょう )道 」の
影響を受けていることも、その
信憑( しんぴょう )性を高めている。

【 引用ここまで↑出典:産経新聞THE SANKEI NEWS 】

堀尾吉晴が建てたとされる松江城は、
別名、千鳥城都も言うが築城は1611年
( 慶長16年 )で吉晴氏が亡くなった年だ。

ちなみに堀尾吉晴氏が生まれたのは、
1543年( 天文12年 )なので、もし吉晴氏が
恵方巻きを食べる風習の由来だとしたら、
16世紀から17世紀に掛けてが起源となる。

「 あくまでも俗説で、はっきりしたことは
分かってない 」という事は歴史の18番だ。

但し、セブンイレブンがマーケティング商戦で
恵方巻きを仕掛けたのは広島県で、松江城のある
島根県松江市殿町の隣県なので、地域ならではの
影響は受けたのではなかろうか。

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恵方巻きを食べる習慣を全国に広めた人物

 前章で、お伝えした戦国武将の堀尾 吉晴氏は
恵方巻の由来で最古の人物だという説の人物だが、
恵方巻を食べる風習を広めようとはしていない。

恵方巻をの由来ではないが、商品戦略で
全国に広めようと仕掛けて大ヒットさせたのが
前出の野田 靜真( 株 )セブンイレブン・ジャパン
取締役常務執行役員リクルート本部長である。

2018年3月1日付けで現職だが、1989年当時は
広島県の7-11加盟店、数店を統括するOFCだった。

予約◯到のコンビニ恵方巻の意外な仕掛け人を発見! 」より引用↓

ある時、九州男児の野田さんは、
加盟店オーナーとの会話の中で、
大阪には節分に恵方巻を食べる風習がある
と知った。

初耳だった。

がしかし、その瞬間、ピンッと来た。

「 仕掛けてみよう! 」

【 引用ここまで↑出典:日経トレンディネット 】

結果的に、節分に恵方巻きを食べる風習の
仕掛けは大当たりし今や、ファミリーマートや
ローソンでも普通に売られる様になったのだ。

大阪には節分に恵方巻を食べる風習の由来

 前章の引用記事で、「 大阪には節分に
恵方巻を食べる習慣がある 」と、7-11の
野田 靜真氏が、お客さんから聞かされたと
言う話しがあるが、本当なのだろうか?

ウィキ情報では、以下の4項目が列挙されている。

  • 江戸時代中期、香の物入りの巻き寿司を切らずにそのまま恵方を向いて食べた
  • 江戸時代末期から明治時代初頭に、大阪・船場で商売繁盛を願ったのが始まり
  • 船場の色街で女性が階段で丸かじりしたら願い事が、かなったとする説
  • 船場の旦那衆が節分の日に遊女に巻きずしを丸かぶりさせて遊んだ事が由来

上の4項目に1章で挙げた、戦国武将の
堀尾吉晴氏が由来で有るとする説を加えているが、
いずれにしても言い伝えであって、文献などの
記録が残されているわけでは無いのだ。

従って、広島県のセブンイレブンが恵方巻商戦を
始めた以前の由来や起源に関しては明らかではない。

節分といえば、年越しそばを食べる風習の地域も
あるというが、結局は「 ゲン担ぎ 」なのである。

しかしながら、恵方巻きの廃棄ロスが1年で
10億円以上にも上るとの試算もあると報じられている。

元来、恵方巻きは商売繁盛などの縁起物なのに
コンビニ店のオーナー等は廃棄ロスは自腹だという。

これでは、縁起物どころか逆に「 そして僕は
途方( に暮れる )巻き 」にも、なりかねない。

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